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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)8176号 判決

原告

工藤広志

右訴訟代理人弁護士

畑中耕造

被告

日建ハウジング株式会社

右代表者代表取締役

高橋勝雄

右訴訟代理人弁護士

阿部眞一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金四八二万三二三二円及びこれに対する昭和五八年一二月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙目録(一)記載の建物(以下「原告建物」という。)及び土地(以下「原告敷地」という。)を所有し、原告建物において、昭和五二年一二月ころから、クリーニング業を営み、原告建物の南側に設置した物干台(以下「本件物干台」という。)を、その営業に使用してきた。

2  被告は、原告敷地の南側隣地上に、従前あつた木造二階建の建物を取りこわし、昭和五八年九月ころ、別紙目録(二)記載の建物(以下「被告建物」という。)を、右両土地の境界線に最も近いところが一〇九センチメートルとなる位置に建築し、昭和五九年六月末日ころ完成した。

3  原告敷地の東側隣地(関口三丁目一七番二号)は第一種住居専用地域であつて、原告建物及び被告建物の各敷地近辺は近隣商業地域で容積率は四〇〇パーセントであるが、木造二階建の建物ばかりであつたから、被告建物の建築前には、本件物干台の日当りは良好で、通風も良く、洗濯物の自然乾燥ができていた。

4  ところが、被告建物の建築によつて、冬至において原告建物には一日のうち午後二時から三時までの間を除いて、全く日があたらなくなり、本件物干台は日影となつてしまつたため、原告は、昭和五八年一一月末に、乾燥機の設置を余儀なくされ、これによつて次のとおりの損害を蒙つた。

(一) 金一四〇万円 乾燥機の購入代金

(二) 金 七〇万円 乾燥機の設置代金

(三) 金 一〇四万二九五八円 乾燥機の使用に伴なうガス、電気の使用料(詳細は別表記載のとおり。)

(四) 金 七〇万円 弁護士手数料

(五) 金 五〇万円 慰謝料

よつて、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として金四三四万二九五八円及びこれに対する不法行為の日である昭和五八年一二月一日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  請求原因3の事実中、本件敷地付近の公的規制及び建築状況の点を認め、その余は否認する。

3  請求原因4の事実は否認する。

4  原告及び被告の各建物の敷地は、高さについては前面道路の一・五倍までの建築が認められ、日影については規制がないものであるところ、被告は、周囲に対する日影等を慮り、建築面積を一、一三〇平方メートル(規制は一、七〇〇平方メートル。)、高さ一一・八メートル四階建(規制は三〇メートル、約一〇階。)として、建築を計画し、昭和五八年九月七日確認申請を得た。更に、右計画に対し原告などから苦情等が出たため、設計を変更して、被告建物を北から南へ平行移動(本件敷地との境界からの距離を、七二センチメートルから一二二・三センチメートルとした。)し、昭和五九年五月二九日、右変更の確認通知を得て、建築した。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1及び2の事実並びに3の事実中、本件敷地の東側隣地が第一種住居専用地域であり、本件建物及び被告建物の各敷地近辺が近隣商業地域で容積率四〇〇パーセントであること、は当事者間に争いがない。

二請求原因4について検討する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告は、従前、都内新宿区早稲田鶴巻町でクリーニング業を営んでいたが、昭和五二年一二月に原告建物及び原告敷地を、妻美子と共同で取得して、同所においてクリーニング業を営んでいる。

原告建物は、木造瓦葺二階建居宅兼共同住宅であり、本件物干場は、原告が原告建物を取得した直後に、同建物の二階南側に設置したものであつて、その位置は、原告敷地と被告建物の敷地(以下「被告敷地」という。)の境界に接して積み重ねたブロック上に設置されている。

2  被告敷地は、防火地域、近隣商業地域であつて容積率四〇〇パーセント、高さの制限は前面道路の幅員の一・五倍の三〇メートルであるが、日影についての規制はないものであつて、従前、同土地上には、木造二階建のアパートが建てられていた。

被告は、被告敷地のもとの所有者大島慶一郎と、株式会社日建工務店の三者で、昭和五八年六月八日、いわゆる等価交換方式により、右土地上にマンションを建築する旨の契約を締結し、被告が施主となつて被告建物を「目白台芙蓉ハイツ」との名称で分譲マンションとして建築した。

3  被告建物は、建築面積一、一三〇平方メートル(規制値は一、七〇〇平方メートル。)、高さ一一・八メートル(規制値は三〇メートル。)、鉄筋コンクリート造地下一階地上四階の共同住宅である。

4  原告建物及び被告建物の形状並びに相互の位置関係は、概ね別紙図面表示のとおりである。

5  被告敷地上に、前記木造二階建アパートがあるころは、原告建物には冬期において、午前一〇時ころから午後二時ころまでは日影が生じることはなかつたが、午後二時以降は、西方にある二階建家屋による日影が生じていた。

被告建物の建築によつて、原告建物には冬至において、午後一時まで日影が生じ、本件物干台は、ほとんど終日において日影が生じることになつた。

6  被告は、被告建物の位置を、当初の計画では別紙図面表示の位置よりも約五〇センチメートル北側(すなわち原告敷地寄り。)に定めて、これについて建築確認を昭和五八年九月七日に得たものであるが、原告及び付近住民との間でなされた日影等の周囲への影響緩和についての折衝の結果、右図面表示のとおり被告建物の位置を南側へ約五〇センチメートル平行移動させ、バルコニーの形態及び位置も一部変更することとし、これに基づく変更手続を昭和五九年五月一日になし、右変更どおり被告建物を完成させた。

右移動により、被告建物の一部についても、他の周囲の建物による日影の影響が増加した部分ができた。

7  被告は、被告建物の建築について、着工前に周囲の住民との間で話合いの場を持ち、前記のような折衝をしたほか、同建物の日影の影響を受ける住民との間で金銭の支払によつて紛争の解決をはかり、原告を除く住民とは一応紛争の解決を得た。

以上の事実が認められ、右認定に反する〈証拠〉は、前掲各証拠と対比して採用しない。

三原告は、被告建物によつて生じる本件物干台の日照阻害が受忍限度を越えるものである旨主張するので、これについて判断する。

前記認定事実によれば、原告は昭和五二年一二月に原告敷地及び建物を買い取り、本件物干台を設置したものであるから、被告建物の建築までの期間は約七年であり、原告敷地近辺は近隣商業地域、防火地域で日影規制がない地域であるにもかかわらず、本件物干台の設置は被告敷地との境界線に接する位置になされているものであるところ、被告建物については、その建築自体は建築確認を経た適法なものであり、その建築位置も原告敷地との境界線から短いところで約一・二メートルの距離を設けて、原告建物への日照阻害を減じる措置をとつた上、発生する日照阻害に関し、被告は付近住民との間で金銭の支払等による紛争解決をしたが、原告のみは解決に至らなかつたものであるから、原告建物付近には木造二階建が多く、被告建物のような日影を生じる建物が少なく、同建物によつて発生する日照阻害が終日に及ぶものであつても、その日照阻害の影響が洗濯物の乾燥具合の悪化にすぎず、しかもこのような影響が、前記のような地域性、原告建物及び被告の本件物干台の配置、居住状況期間、建築に関する公法的規制及び当事者の交渉経過等の経緯、事情の下で発生したことを考慮すると、右の程度の日照阻害が受忍限度を越える違法のものということはできない。

他に、被告建物による本件物干台の日照阻害が、不法行為を構成することを認めるべき証拠はない。

四以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官楠本 新)

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